龍神沼 Dragon God Pond
このマンガのレビュー
デビューしてしばらくした頃、自分の土台の弱さがどうにも気になり始めた。ストーリーの作り方や絵の描き方を解説した本はいくらでもあるのに、「漫画そのものの描き方」についてピンとくる指南書はなかなか見つからなかった。そんなとき出会ったのが、『龍神沼』が掲載されている『マンガ家入門』だった。
この本の中に収録されている『龍神沼』と、その詳細な解説を読んで衝撃を受けた。「こんなに理詰めで漫画って描いていいんだ!」という実感が、一気に目の前を開いてくれた気がする。それまではどこかで「漫画は、天才が脳内のブラックボックスからひねり出すもの」と思い込んでいたし、僕自身も毎回ガチャを回すような感じで原稿を仕上げていた。麻雀でいえば、配牌の瞬間にあがっている「天和」しか役を知らずに麻雀をやっていたようなものである。
けれど『龍神沼』を題材にした石ノ森先生の解説を読むと、ページ割りからキャラクターの配置、効果線の引き方にいたるまで、「こうすれば読者にこの感情を与えられる」という理屈がしっかり書かれていた。これって今風に言えば「言語化」だ。感性やカンに頼るだけじゃない、再現可能なプロセスで漫画の魅力を生み出す。その考え方が個人的にはすごく性に合った。
もしこの理詰めの漫画づくりに触れられなかったら、僕はとっくに挫折して漫画家をやめていたかもしれない。天才のひらめきを待たずとも、手順を踏んで描けば作品を構築していけるんだと知れたことは、まさに救いだった。『龍神沼』の「見せ方」を徹底的に分析する解説があったからこそ、忘れられない作品、恩義すら感じている作品だ。今でも「どう演出すれば効果的か?」と思い悩んだときは、『龍神沼』を思い出す。
デビューの勢いだけで走り続けていた自分を、しっかりと基礎固めへと導いてくれた作品(と解説)。これがなかったら、今の僕はいないんじゃないかと思う。