みさき 絵美MISAKI Emi
マンガ司書
司書として公共図書館やマンガ専門図書館に勤務し、展示やイベントにも関わった。現在はマンガのアーカイブに携わりながら、新聞でのマンガコラム、WEBニュースサイトでの同人誌レビュー等の活動も行う。
レビューの一覧
おっちょこちょいでとびきり活発な麻子先生は、2年A組にやってきた早々、生徒もまわりの先生もにぎやかに巻き込んでいきます。生徒はキャー!先生!と驚かされたり、応援したりと大忙し。どたばたコメディ調のアップテンポな楽しさ、そしてそこに差し込まれるのが、広島の被爆者2世としての麻子の姿です。思春期の生徒たちの悩み、自分自身の恋愛問題に、ミニスカートで走り回りながら元気いっぱいに向き合い、パチンコも花札もやっちゃういきいきとした麻子先生の明るさ、破天荒さは格別で、頼もしい魅力にあふれています。けれど、自身の体調のこと、被爆の影響が何度も何度も、ふとした折に顔を出すのです。この作品が描かれたのは、1970年、終戦から25年の頃。戦後から高度経済成長への流れの中で、原爆のもたらした結果に翻弄される苦しさがあること、しかしそれは日々の生活とかけ離れたものでなく、朗らかな日常に織り編まれているものとして描きあげた力強さを感じます。これからの時代も折々にいまの時代、考え方と合わせて読んでいきたい。
幼い頃から北海道でスケートを教え込まれてきた亜季実と、期待のシングル選手でありながら一線を退こうとしていた黒川がふたりで目指すフィギュアスケートペアの世界。スポーツとしての上達、ふたりの気持ちのすれ違いと結びつき、己の体の動きでイメージを表現する亜季実たちの苦悩と成長が、やわらかな心情にぴったりと添うような繊細な線、華麗なフィギュアスケートを見せる画面とで、この先どうなるんだろう!?と、次のページ、次のページに引き寄せられる。音楽と身体表現という動的な要素を、人との出会いや、心に残る土地の印象をも織り込んで静的な紙面上で見せるその描写の優美さ!なかでもタイトルにもなっているアランフェスへの思いは印象的だ。作品が描かれた1978年から1980年は実際に日本でもフィギュアスケートの国際大会が開かれるようになってきた頃。競技内容や背景からも当時の空気感をうかがい知るのは、いまあらためて読むからこその楽しみ方のひとつかもしれない。
みんなが憧れるような美人のお姉さんと、そそっかしいマリイルウ。姉妹や友人たちの人間模様がいきいきと明るい。マリイルウの豊かな丸いシルエットの巻き毛に小さなリボン、お姉さんのすらっとしたタイトスカートのワンピース、はじめてのパーティ、車で迎えに来るボーイフレンドたち…素敵な要素がたくさん詰まっていて心躍る。そしてそれと同時に、実は要所要所に思春期に向き合う大切な要素が織り込まれている。男の子とお付き合いするってそんなに大切なことなの?と友達と語り合うマリイルウ。おしゃれで居る特別な秘訣は「わたしのもってる美しさはわたしだけしかもてないんだって思うようにするのよ」と教えてくれるお姉さん。そしてそのアドバイスをなるほどと思いながらも、マリイルウは鏡を見ればやっぱり自信のなさにうなだれて…。不安と喜びを行ったり来たりする少女の気持ちに寄り添う言葉は、きっと当時から読者をたくさん励ましてきたのではないか。最後はみんな笑顔のハッピーエンド!なさわやかさも嬉しい。
「もっともっと大きなしあわせをつかんでやる」「この手で…そうよ‼この手で…ね!」美しい少女、イサドラの執着によって巻き起こる混乱のサスペンスが白亜の城を舞台にくりひろげられる。物語の中心となるマリアとイサドラは、線のやわらかなとびきりの愛らしさなのに、たくらみが次から次へとたたみかけられ、そのギャップとスピード感にくらくらしてしまう。どこまでも心優しいマリアの清らかさに比べ、イサドラはいつだって謀略の中にいる。「でも でも わたしはこの手でつかんだ幸運をどうしても逃したくない‼どんなことをしても‼」とイサドラは言うけれど、彼女の心には、偽りの証言で望むものを手に入れてしまったという恐怖がいつも底に沈んでいるように見える。
やがてこの物語は親子2代に渡っていく。絶え間のない劇的な展開に当時の読者はどんなにはらはらしたことだろうと思いを馳せるのは読み終わった後のことで、ページをめくっている間はすっかり引き込まれている。そしてこのドラマチックなストーリーと繊細な絵で紡がれる作品は、なんと2年間で描きあげられている。可憐にして怒涛!
麻宮サキをよく知る神恭一郎は言う。「今、サキがどん底にいるというなら あいつの魂に火がつく直前だ!」と。サキを駆り立てるのは、別れた母への思慕ともうひとつ、サキと同じ若者が虐げられたときの怒りのように見える。サキは特命を帯びた秘密の学生刑事ゆえ、学校に通っても素性を明らかにできない。いつも孤高の存在だ。しかし、サキはひとりでもまっすぐに理不尽さに立ち向かう。
長い髪をひとつに縛り、赤いハイネックを着込んだサキが鉛入りのヨーヨーを軽々と扱い、飛び回る凛とした姿はただただかっこいい!そして神や三平、沼先生といった物語に欠かせないキャラクターたちももちろん、禍々しい陰謀を持ってサキと対立する麗巳や碧子の突き抜けた悪役っぷりにも、いつも間にかわくわくと心を惹かれてしまう。
サキは大きな権力によりかからない。一人で戦いながら、けれどやがてサキの周りにはつながりが出来ていく。サキの凛々しさはいつだって胸を躍らせてくれる。
航空会社のパイロットとして第一線で働くはずだった風間シン。しかし泥酔させられもうろうとした意識でサインしたのは、アスラン王国の外人部隊の契約書。思いもかけず、シンは空軍で戦闘機に乗ることに。物語は常に戦いの場で、そこで飛び立つマシン、空を駆ける機体にパイロットが命を預けていく様は、メカものに見識のない身でも引きこまれた。そして登場するキャラクターたちのドラマチックな格好良さに、ぐっと心を掴まれる。物語の中心であるシンやサキはもちろん、エリア88に集ってしまった傭兵仲間の面々や武器商人のマッコイ爺さんまで、味わいがあって彼らの軽妙なやりとりに心躍る。
そしてこの作品の女性キャラクターの格好良さにも着目したい。恋人のシンに再び会えることを一心に願って毅然とシンを探し続ける涼子、戦闘機に乗り、潜入工作もこなすセラ、涼子の秘書としてさまざまに手を尽くす安田など、それぞれの立場で戦う美しくかっこいい女性たちの姿も印象的だ。
エリア88に集うものには皆、過去がある。その背景と想いの交錯により、どんなにドラマチックに派手に戦闘機が飛ぼうとも、キャラクターが没するときは胸が締め付けられる。ページをめくれば、かっこよく、面白く、そして愛し合う人がどうか巡りあい、平穏に暮らし続けられるよう願わずにはいられない。
ページを開くと、しなる竿、三平の伸ばされた手、喜びに飛び上がる体、たくさんの勢いがコマから飛び出してくるのを感じます。そしてその勢いは、美しく描かれた風景の中で一層きらめいて息づいています。釣りが大好きな三平が自然の中でのびのびと魚と対峙する清々しさを、読み手がどこに居てもページのこちらにもたっぷりと味わせてくれます。
釣りというひとつのテーマを柱にしながら、水辺にやってくる人たちとのかかわりも魅力です。一平じいさま、ユリッペ、正治、魚紳さんたち、三平を支える人たち皆が笑ったりふくれっ面をしたり、活き活きと三平の暮らしている世界に連れて行ってくれます。
また、物語には度々、環境汚染や、自然への配慮、伝統的な漁法への取り組みなどが描かれます。真摯に釣りに向き合う三平や周囲の人の姿と、揺れる木々や跳ねる魚の水しぶきの躍動感までもがなめらかな線で描かれることで、釣りのわくわく感も、人間の心の触れ合いも、素晴らしい自然の様子もが調和し、楽しさを持ったまま心に染み入ってくるように思うのです。
買い物をしても歯医者に行っても昔馴染みがいるような、栄町に住んで70年のミドリさん。「おせっかいでスゲズケと口が悪いしその上声が大きい」なんて言われながらも、今日も町を歩き、人と人の間に顔を突っ込みます。キッスをキックと言い間違えるような古風なミドリさんですが、とにかく元気、活気、勢いあります!みんながそっとしておくところに猛襲するその姿はパワフルでコミカルで、そして寄り添う優しさがにじみます。
昭和50年代の社会は、アイスキャンディーがふたつで140円になったとミドリさんが嘆き、人と連絡を取るにも郵便の到着をじっと待つような、現代とはずいぶんと違う光景もあります。けれど町の皆や景色が活き活きと描かれるせいか、どこか今でもそう遠くない、身近で朗らかな雰囲気があります。そんな中でミドリさんは戦死した息子のことを何度も思い返すのには、はっと胸を衝かれました。しかし、それすらもけして特別なことでなく、自然体に作品に溶け込み、その痛みが日常にあり、今へと続いてきたことを感じさせます。
ミドリさんは子どもから大人まで、町の誰もに気を配りますが、とりわけ若者に語り掛けます。世代の違うところに入り込んで、ぐいっと背中を押せるのは、大らかなだけでなく、相手の気持ちも状況も見計らう繊細さもあるからです。そんな細やかさも作品の魅力ではないでしょうか。お酒を飲み交わしてうとうとしながらミドリさんは言います。「しっかりやれよ…… ぶざまでもいい カッコわるくてもいい…… 正直で………精一杯だったら…さ……」と。
きらきらを宿した大きな瞳、登場するのはすらりとした姫や王子。トキワ荘唯一の女性作家である水野英子先生が描く麗しい世界。けれどそこには宮廷の陰謀、星々の神話、そしてロマンス、親兄弟の愛まで、さまざまな要素が織り込まれています。今でこそ少女マンガと言えば恋愛や心の機微を多く扱うイメージがありますが、作品発表当時は少女マンガにロマンスを描くのはタブーとされていたとのこと。しかし、リンダ姫とユリウス、彼女たちを取り巻く人々の気持ちは、突飛ではなくしかも今も色褪せず読者を物語の中に入り込ませてくれます。
そして彼女たちの登場する物語はなんてダイナミックなのでしょう!リンダ姫の可憐なドレス姿にうっとりしたかと思ったら、謀略、戦い、雷鳴とどろく嵐……と息をつかせぬ活劇が続くのです。主人公であるリンダ姫はたおやかさと、危機には自ら飛び出してゆく行動力があります。ピンチの折に、なんとかしなければと思案する彼女の目には強い意志があります。大きな瞳は泣き濡れるだけでなく、自分の生き方を考え、前を向く強さをも伝えてくれているようです。