まんだら屋の良太 Ryota from Mandara
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このマンガのレビュー
「血ワキ肉おどる問題の町小倉!!」と松本零士は自作『昆虫国漂流記』(1974年)で戦後の小倉市(現在の北九州市小倉北区および小倉南区)の雰囲気を述懐した。商業都市として栄え、軍都としての側面も持った街の、活気あふれつつも混沌とした様子が伝わるモノローグだが、こうした北九州の清濁合わさった情景をよく描いたのが畑中純だ。舞台となる九鬼谷温泉郷は、小倉の繁華街から少し離れた山間部にする架空の温泉地だが、ここに多く集うのは、都会から逃げてきた男、うだつのあがらない中年、ヤクザもの、何かわけがありそうな女性…つまり社会の枠や、光の世界からこぼれ落ちる寄る辺ない人々である。生きづらさを抱えた愛すべき人々を受け入れるサンクチュアリとして描かれる九鬼谷は、そのままかつての北九州の解放的な空気をも伝えている。高度経済成長期を経て、さまざまな社会問題を背景に、日本人が物質的な豊かさや大都市の輝きの外に重要なことを見出そうとしていた1970年後半。マンガ界では地方を舞台に、人間性を日常から探求する文学的な名作が次々と生まれたが、本作もそのひとつに数えられる。
しかし何をおいても言及すべきは、艶笑譚としての魅力だろう。すけべであけすけな高校生・良太と腐れ縁の幼馴染・月子という主人公カップルを中心に、男にあり、女にもある取り繕わない性への欲求がのびのびと、あふれんばかりのユーモアでもって描かれる。と同時に、性と性欲に翻弄される人間の哀しみも歌い上げるのだから圧巻だ。畑中の描く、飾り気のないありのままのからだの、なんとエロティックなことか。疲れた時に読むと何とも目と心を癒される、まさに“大人のサンクチュアリ”と言うべき作品だ。
地方マンガセレクション④
知ってますか、この作品。ストーリーも面白く、しもネタも満載、キャラクターも立っていて絵柄も味わい深い、映画化もされ、海外でも高い評価を受けていますがもう少し多くの人に読んでもらいたい名作です。
何よりも絵柄が独特です。北九州出身の畑中は独自の感性で自然をイメージの世界に自由に遊ばせることができる稀有な作家でした。そのセンスで10年にわたって描き続けられたこの作品、海外で評価されているのはこの点です。
作品が描かれた時代背景にも注目です。トキワ荘の時代というのは何でもアリでした。こんなことまで言っちゃっていいの、こんな自由な設定ってありなのという声が聞こえてきそうです。表現規制にがんじがらめになってしまった今のマンガにはとっくに失われてしまったパワーがあふれています。
この作品は典型的な地方マンガです。なぜ地方なのか。読者は常に新しい刺激を求めています。東京を舞台とした作品には見られない独特の風土、因習、伝承が地方には残っているからです。
作品の舞台となったのは九州にある架空の九鬼谷温泉。当時の温泉宿には活気がありました。色街独特の妖艶な住民たち、ストリップ小屋、賭場が乱立し、刺青をしたヤクザが幅を利かせているというカオスのような場所でした。今、日本中を探してもそんな場所は残っていませんがマンガの中には当時の雰囲気そのままで残っています。
そこで暮らす主人公は下ネタや猥談が大好きな高校生ですが意外に純情なところがあり、時にはハッとさせられるような核心をついた言葉を発します。これが人気の秘密でした。地方マンガの登場人物には都会の人間にはない土着性と純情性が不可欠でした。
改めてこの作品を読むとそこには令和の日本が失ってしまったものが詰まっています。この作品を手に取ってみんなに元気を取り戻してほしいと思っています。