里中 満智子(選書委員長)SATONAKA Machiko
マンガ家。1948年1月24日生まれ、16歳時「ピアの肖像」第1回講談社新人漫画賞受賞しプロ活動に入る。
代表作「あした輝く」「アリエスの乙女たち」「海のオーロラ」「あすなろ坂」「天上の虹」等多数。2006年文部科学大臣賞、2010年文化庁長官表彰、2014年外務大臣表彰、2023年文化功労賞等を受賞等。(公社)日本漫画家協会理事長、(一社)マンガジャパン代表、大阪芸術大学キャラクター造形学科学科長、他兼任。
レビューの一覧
1970年代後半から80年代にかけて、少女マンガの世界では、見目麗しい男性同士の同性愛を描く作品が、ひとつのジャンルとして当たり前のように確立されていった。本作もその潮流の中にありつつ、明治後期の旧制高校という舞台設定、きらびやかに名づけられた登場人物たち、ドイツ語風の副題や台詞の応酬に漂うヨーロッパの香りなど、「華やかでいて品がいい」木原作品の特質が際立った作品だ。
そして、この作品が何よりも素晴らしいのは、「恋愛において性別は関係ない」ということを、ごく自然な肌感覚として読者に伝えてくれるところ。描かれているのがたまたま男性同士というだけで、その感情の動きや葛藤は、異性間の恋愛と何ら変わりがないことが、まっすぐに伝わってくる。そういう意味で、同性愛というテーマを広く解放した作品ともいえるかもしれない。それでいて、常にどこか悲しさがつきまとうのも木原作品の特徴。悲劇的な結末のほろ苦さも含め、切々とした描写が深く胸を打つ。
本作が扱うテーマは、はっきりしない男女のじとじとした同棲生活であり、物語だけを追うと、やるせなさが募る内容である。しかし、この作品の真価は、そうした物語の湿っぽさを凌駕する、画の美しさにある。
上村一夫先生の構図は、とにかく格好いい。大胆かつ洗練されたコマ割りと画面構成が、重く湿ったストーリーを、大変おしゃれなマンガへと変換していた。どのページを切り取っても、そのまま壁に飾れるような芸術性。ページ自体がひとつのアートとして成立している。これは、マンガ表現にとってひとつの革新だった。
当時、「同棲」というライフスタイルが一種のブームのようになっていた。若い男女が有り余っていた時代、それまではだらしない関係の象徴のようでもあった「同棲」が、ちょっとかっこいいものとして受け取られるようになっていたのだ。本作はその流行を反映した面もありつつ、単なるブームの産物にとどまらない芸術作品として結実している。その洗練された美しさは、日本のマンガの枠を超え、世界で通用する普遍性を感じさせる。
オオカミとアイヌ犬の血を引く山犬キバの物語。牧場の一人娘・早苗と出会ったキバは、そのあたたかい愛情に触れ、やがてふたりの間には、強い信頼関係が築かれていく。
原作は動物文学の第一人者・戸川幸夫先生による小説。そのマンガ化を動物マンガの名手である石川球太先生が手がけることで、原作の世界観が最高の形で表現され、動物マンガのひとつの頂点を極めたといえる傑作になった。キャラクターとしてのキバも本当に魅力的で、犬ながら読んでいて惚れ込んでしまうような格好良さだった。
圧巻なのはクライマックス、最愛の早苗が宿敵・人食いグマのゴンに襲われた山小屋にキバがたどり着くシーン。早苗とゴンの姿はもうそこにはないのだが、残されたにおいから、そこで起こった出来事はキバの脳裏にありありと浮かび上がるのだ。そして激しい悲しみと怒りに駆られたキバは、激闘の末に復讐を果たす。ドラマティックな展開がマンガならではの表現で描き出された、コミカライズ作品としても最高峰の一作だ。
マンガというよりもイラストレーションに近く、いわばデザイン画の世界をストーリーマンガの世界に持ち込んだという点で、非常にエポックメイキングな作品。「少女」(光文社)の巻頭カラーを飾っていたこの作品を、読者は物語の筋を追うというより、ただひたすらに、絵の美しさにうっとりと魅入られていた。作品の背景には、戦後の混乱が落ち着いた頃から少女たちが抱きはじめた、パリという街への強い憧れがある。ニューヨークでもロンドンでもなく、なぜか「パリ」が少女たちの心を捉え、その憧れは長く続いた。本作は、その昭和のムードを体現した作品という面も持つ。
デビュー後、編集部で高橋先生の原画を拝見する機会があった。まるで下描きが存在しないかのような完成度、透明感のある淡い色彩に、本当に驚かされた。それも、ただ美しいだけではない。誰が見ても「高橋真琴」だとわかる唯一無二のスタイルは、かつての竹久夢二などにも通じるところがある。マンガ表現の新たな可能性を切り拓いた一作として、その価値は計り知れない。
落語は現在ではすっかり大人が楽しむ芸能というイメージになっているが、昭和の時代には、子どもたちにとっても今よりずっと身近な存在だった。『よたろうくん』は、そんな落語の世界観が落とし込まれた作品。「よたろう」「きんぼう」といった、典型的な落語の登場人物にその名のルーツを持つキャラクターたちが繰り広げる、のほほんとしたおかしな日常が、素朴に描かれていく。
よたろうくんたちが「ワッ」と泣く時、その口が、独特なリボンのような形になる。それを見た母に「ほら、マンガなんていいかげんなことばっかり描いてある。人間の口はこんな形にはならない」と言われた私は悔しくて、なんとか母に反論したかった。そして訓練の末、自分の口をあのリボンの形にできる技術を会得したのだ!「マンガ」の社会的な地位が今よりずっと低かった頃ならではのエピソードかもしれない。後年、山根赤鬼先生にお会いした際にその話をしたら、とても喜んでくださった。