欧文作品名読み者原作備考年掲載誌:

KURAMOCHI Kayoko

京都国際マンガミュージアム学芸員

2008年より京都国際マンガミュージアムの研究員として入職。現在は学芸員として同館に在職。主に少女マンガ・エッセイマンガに関心を寄せ研究を続ける。館で展示イベントを企画する傍ら、コラムやエッセイなどの執筆業も。共著に『かわいい!少女マンガ・ファッションブック 昭和少女にモードを教えた4人の作家』(立東舎)など。

 

レビューの一覧

フイチンさん

旧満州のハルピンで暮らす門番の娘・フイチンは、身分の差を気にしない。曲がったことが嫌いで、困っている人を見れば損得を顧みず手を差し伸べる。さっぱりとした気持ちの良い少女・フイチンの活躍が描かれる本作は、読んでいて爽快だ。 作者は、村上もとか著『フイチン再見!』で一躍スポットがあたった上田としこ。「女は家庭に入る」が当たり前だった時代、女性マンガ家として名を成した先駆者だ。当時、女性がペン一本で身を立てていくことがいかに大変だったかは想像に難くない。フイチン魂で上田は道を切り開いてくれた。その後ろ姿に励まされた後進作家は多い。 なにより上田の柔らかで伸びやかな線が、マンガ表現の雄大に広がる可能性を感じさせた。旧満州のゆったりした大地と空気を見事に活写し、いつの時代の読者も読めばあっという間にその世界にいざなわれるだろう。また、フイチンは高い塀もするすると乗り越え、まくわ瓜をいっぱいにのせたカゴを前後に取り付けた天秤棒も「ああ おもい」と言いながら、ひょいと持ち上げる。 そのダイナミックな動きは紙から飛び出し、動いているように見える。 本作は復刻版が上下巻で刊行されており、電子書籍でも読むことが可能だ。少女マンガ初期の傑作として次世代にも読まれ続けてほしいし、作者のさらなる再評価につながればと願う。  

つる姫じゃ〜っ!

ハゲマス城の「つる姫」は、お姫様のイメージからほど遠い。見た目だけじゃなく、イタズラばかりして周りを困らせるハチャメチャな日々は、1970年代の少女マンガに前代未聞の笑いの台風を巻き起こした。 本作が登場するまで、少女マンガの笑いは、ほのぼのしたユーモアが主流だった。作者の土田よしこは、そこにハイテンポかつ破壊的なギャグを入れた。姫のおもらしは日常茶飯事。風呂嫌いで不潔な姫がホットケーキを作る回では、家来全員が食中毒になるほど…。また、ともに当時、『週刊マーガレット』で連載していた人気作『ベルサイユのばら』や『エースをねらえ!』をパロディーのネタにもした。こうした作風は、土田がアシスタントをつとめた赤塚不二夫の影響も大きいだろう。 決して美しいとは言えない個性的な姿の姫は、容姿に一喜一憂する思春期の少女読者にとって、ある意味、共感する部分もあったはずで、本作にはコンプレックスを笑い飛ばす痛快さもあった。また、そうした笑いの中には時にほろりとする人情話も。亡き母が恋しくなった姫に、いつもは怖い女中のイネさんがぶっきらぼうに優しくするなど、ハートウォーミングな挿話もあった。 ギャグの中に少女読者が共感できる普遍的な心象風景を溶け込ませた本作は、70年代の新風ながら古びない。今読んでも最高に笑える。

マキの口笛

「マキちゃんが くちぶえを ふくのは とても かなしいとき か うんと うれしいとき だけ……‥」 こんな語りから始まる本作は、「バレエ」という美麗なモチーフをベースに母子のきずなが描かれる。戦争の暗い影がまだ世の中に残っていた当時、少女マンガでは不幸な少女のお話が流行した。 本作にも原爆の後遺症など重たいテーマも登場する。しかし、主人公・マキは運命を悲観しない。冒頭のセリフには前向きな生き方が詰まっている。 また、薄幸の少女物語につきものの「貧乏」という要素がなく、描かれた小道具は豪華で可愛らしい。海外との頻繁な交流など、マキたちのファッションや生活スタイルは読者の憧れだった。 こうした憧憬の要素も、明日を夢見る活力になり、励まされた読者は多いはずだ。 なお連載中はマキが着ている服が毎月1名にプレゼントされる懸賞が実施され、それには多くの応募があったという。そうした人気ぶりを受けて、作者の描く女の子は、「リカちゃん人形」のモデルにもなっている。 少女マンガが持つ可愛くてきらびやかなイメージ、そして高度な抒情性は、本作の作者・牧美也子による作品郡が源流のひとつと言っても過言ではない。 このジャンルが発展した背景を氏の存在なしでは語れない。

あさりちゃん

勉強は苦手だけどスポーツ万能、大食漢で暴れん坊。永遠の小学4年生といえば、あさりちゃんだ。そんなあさりにけんかで勝てるのは、姉のタタミ。あさりとは正反対に、頭脳明晰、だけど運動音痴。この凸凹姉妹は約36年間の長期連載中、多くの読者にとってかけがえのない友達だった。 本作では、食べ物や怪談話など、いつの時代の子どもも好きなテーマが描かれている。流行りのおもちゃなど時事ネタも満載。例えば、1986年刊行の22巻ではあさりがファミコンを欲しがる回が。1997年刊行の53巻では、「チョベリバ」などコギャル語を使うあさりも登場する。 また、子どもに向けた生活マンガだと、『ドラえもん』や『サザエさん』のように登場人物の服装はいつも同じであることが多いが、本作は『ちゃお』などの少女マンガ誌で連載されていたこともあって、作中のファッションはおしゃれ。その時々の流行も反映され、2010年刊行の93巻ではブーツとサンダルがひとつになった「ブーサン」がネタになったりしている。 当時の小学生がどんなことに興味があったかを垣間見られる本作は、大人になってから読んでも心が浮き立つ。あさりを通して「小学4年生」にいつでも戻れるからかもしれない。 連載は終了したが、不定期に単行本の続刊も出ており、さらにはXの公式アカウントであさりちゃんの近況イラストもたびたび公開されている。令和になった今なお、あさりちゃんに会えるのが嬉しい。

チャコちゃんの日記

ぷっくりしたほっぺたが可愛い、活発な小学5年生のチャコちゃん。 連載当初は、読者から投稿されたエピソードや題名を基に、作者が話を創作する形式で始まった。掲載誌を変え、この形式はなくなったが、一貫したテーマは、読者である子ども達の等身大の体験である。チャコちゃんに巻き起こるささやかな事件は、誰の子ども時代の記憶とも重なる部分があるだろう。 作者の今村洋子は、本作について「当時TVで人気のあったアメリカのホームドラマ『パパはなんでも知っている』や『ママは世界一』等を下地に、ごく平凡的な中産階級の、ごく平凡な愛すべき女の子が、家庭や学校で引き起こす失敗や、笑いの数々を綴った日記を漫画に」(1976年刊の文庫版1巻のあとがき)と語っている。 『サザエさん』など家庭をテーマに描かれる作品は他にもあったが、ソファや二段ベッドがあるチャコちゃんの家庭は、高度経済成長期にあたる当時、多くの読者にとって、自分たちの生活よりもやや現代的かつ都会的だったはず。おしゃれな雰囲気が漂いつつ、だけどそれらはあくまで手の届きそうな範囲の憧れ。そのさじ加減が絶妙だ。 また、子ども向けのメディアにおいて男女の恋模様を描くことがタブーだった時代、ボーイフレンドが登場するなどの展開も少女読者の支持を得た。高学年の女の子なら関心事のひとつに恋が入ってくるのは自然なこと。憧れと共感が詰まった本作は、少女のための「ホームドラマ」の金字塔だ。