家島 明彦IESHIMA Akihiko
マンガ心理学者
大阪大学キャリアセンター副センター長/准教授。専門は心理学と教育学。大学教員や研究者の顔に加えて、公認心理師(国家資格)、認定心理士(日本心理学会認定資格)、キャリア・カウンセラー(日本キャリア教育学会認定資格)など様々な資格を持ち、さらに島根県ふるさと親善大使「遣島使」、松江観光大使、俳優(東映俳優養成所)など様々な肩書を持つ。3児の父。日本マンガ学会会員。
レビューの一覧
中沢啓治による『はだしのゲン』は、広島への原子爆弾投下を描いた自伝的マンガである。戦争の悲惨さや平和の尊さを訴える作品として、学校の図書室に配架されていたり、日本だけでなく世界中で翻訳出版されていたりする。中沢自身が原爆の被爆者であり、その体験をもとにした作品であるため、単なるフィクションを超えた強烈なリアリティを持って描かれている。原爆で焼け死ぬ人間の姿や擬音語「ギギギ…」など、読む人によっては気分が悪くなる可能性すらあるほど強烈なインパクトを有したマンガである。戦争に苦しむ中で、それでも希望を見出そうとする者もいれば、自己中心的な行動をとる者もいて、他者を助けようと奮闘する者もいるなど、様々な人間模様が描かれている。戦争という極限状況における人間の多面性が浮き彫りにされており、読者は単に戦争の悲惨さを学ぶだけでなく、戦時下における人間性についても深く考えさせられる。2025年は昭和100年にあたり、ちょうど終戦80年にあたるので、今一度『はだしのゲン』を読み直してみてはいかがだろうか。世界においては現在においても戦争が生じている国・地域がある。戦争の悲惨さ、平和の尊さを忘れないためにも、後世に伝え残していきたいマンガ作品のひとつである。
池田理代子による『ベルサイユのばら』(通称、ベルばら)は、フランス革命を背景にした壮大な愛と葛藤の物語である。少女マンガの枠を超えて、幅広い性別・世代に受け入れられている作品である。主人公のひとり、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェが男装の麗人だったこともあり、宝塚歌劇団によって舞台化され、人気が更に上昇、社会現象化。1970年代末には実写映画やテレビアニメなどが制作された。日本人ならテレビアニメ『ベルサイユのばら』のオープニング主題歌「薔薇は美しく散る」(鈴木宏子)を一度は聞いたことがあるのではないだろうか。誕生50周年を記念した完全新作の劇場アニメが2025年1月31日に公開されるなど、連載開始(1972年)から半世紀以上経った今なお人気の作品である。その原作マンガである『ベルサイユのばら』、日本人の教養として人生で一度は読んでおきたい。名言や名台詞も多い作品だが、評者の一番お気に入りは「うけとってください わたしの……ただひとつの愛の証です……身を……ひきましょう……」(byフローリアン・ド・ジェローデル)。ちなみに、作者である池田理代子はマンガ家でありながら40代で音楽大学に入学するなど、その波乱万丈な人生も非常に興味深いものがある。
妖怪マンガの元祖とも言うべき『ゲゲゲの鬼太郎』は、妖怪マンガの第一人者である水木しげるの作品である。マンガ作品は第25回(1996年度)日本漫画家協会賞・文部大臣賞を受賞。また、テレビアニメ第6シリーズは第57回ギャラクシー賞にて、アニメ史上初となる特別賞を受賞。さらに、映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は第47回日本アカデミー賞・優秀アニメーション作品賞を受賞。世界各国で翻訳出版されたりアニメ放映されたりしている。まさに日本を代表する妖怪マンガ・アニメと言えよう。アニメ化、ドラマ化、映画化、小説化、舞台化、ミュージカル化、ゲーム化など様々なメディアミックス作品が存在するが、おそらくアニメ版が最も有名であろう。アニメ版は知っているけれど、原作マンガは知らない、という若者も多いと思うので、是非とも原作マンガにも注目してもらいたい。最初はアニメとのギャップに戸惑うかもしれないが、読んでいくうちに慣れてくるどころか、ハマってしまうこと間違いなしである。ちなみに、トキワ荘に住んでいたわけではなく、経営していたアパート「水木荘」からペンネーム「水木しげる」にしたということである。
主人公の鬼太郎を取り巻く、目玉おやじ、ねずみ男、ネコ娘、砂かけばばあ、子泣きじじい、ぬりかべ、一反もめん、など個性豊かな妖怪たちも魅力的である。鬼太郎の必殺技も独特で、髪の毛針、妖怪アンテナ、指鉄砲、ちゃんちゃんこ、リモコン下駄、など記憶に残るものばかり。歴代のアニメ主題歌も印象的で、特にアニメ第3期のOP曲「ゲゲゲの鬼太郎」(吉幾三)は一度聞いたら忘れられないインパクトがある。鳥取県境港市に行けば、水木しげるロード、水木しげる記念館、鬼太郎列車などがあり、妖怪好きの子どもは大喜び間違いなし。最寄り空港の愛称は、なんと「米子鬼太郎空港」。空港に名前がついたマンガの主人公はゲゲゲの鬼太郎と名探偵コナンくらいである。
「忍者×劇画」のマンガ家と言えば、『忍者武芸帳 影丸伝』や『サスケ』で知られる白土三平の名前が真っ先に挙がるであろう。『カムイ伝』は、その白土三平による日本の長編劇画である。この作品を連載するために、白土三平は「赤目プロダクション」を設立し、『月刊漫画ガロ』を創刊したと言われている。また、彼のマンガ家生活の大半がこの作品に費やされたことから、『カムイ伝』は白土三平のライフワークとも言われている。当時のキャッチコピーは「ヴィジュアルは映画を凌ぎ、ストーリーは小説を越えた」であったが、まさに画のタッチも物語も非常に「濃い」作品であり、読む人を色々な意味で圧倒する。
『カムイ伝』は、江戸時代初頭の架空の藩を舞台にしており、階級闘争や差別、個人の自由を追い求める人間の葛藤などが描かれている。主人公のカムイだけでなく、様々な身分の登場人物が出てきて、時代や制度の理不尽に翻弄されながら苦悩や葛藤を経験する中で成長していく物語である。ここからは少しネタバレも含んでしまうが、主人公が「非人」と呼ばれる部落出身で差別されていたり、いきなり殺されてしまったり、生き返ったり、最初から目が話せないストーリー展開である。一方で扱っているテーマは割と重たいもので、読み終わっては考え、考えてはまた読み直す、といった「何度も味わうことができる」作品である。劇画特有のハードボイルドな絵柄と社会的・思想的なメッセージ性を持つ内容から女性や若者に敬遠されているように思うが非常にもったいないことだと思うので、是非とも一度手にとって読んでみてほしい。
「マンガの神様」と言われた手塚治虫による一連のシリーズ作品であり、代表作のひとつ。手塚治虫公式サイトによれば、「手塚治虫がもっとも情熱を傾け、最晩年まで描き続けた文字どおりのライフワーク」とのこと。手塚治虫がトキワ荘に入居していた時期(1954年)に最初の連載が始まった作品であるという意味において、まさに「トキワ荘で生まれた手塚治虫マンガ」と言えよう。様々なメディアミックス作品(映画、アニメ、ラジオドラマ、ビデオゲーム)、スピンオフ作品(アニメーション映画、演劇)が製作されているが、それらの原作となるマンガであり、必読である。
様々な「○○編」があり、物語の舞台となる時代や場所も様々である。多様な時間軸(古代から未来まで)と空間軸(日本、ギリシャ、ローマ、エジプトなど世界各地から宇宙や地球外惑星に至るまで)で描かれているが、普遍的で不変的なテーマ「生と死」を扱っており、時空を超えて多くの人に「生命」「倫理」「人間の欲望」など様々な哲学的な問いを投げかけてくる作品である。外国人や若者にも、いや、外国人や若者にこそ、読んでいただきたい。
本作品と私の個人的な関係を少しだけ述べると、『火の鳥』は実家にハードカバー版があったので、初めて読んだのは小学生の頃である。子どもながらに壮大なテーマと哲学的な問いに圧倒されたことを覚えている。また、私の勤務先である大阪大学では「大阪大学の卒業生で最も有名な人物=手塚治虫」と言われており、私自身も大阪大学の卒業生であるため、「手塚治虫先生は大阪大学の大先輩」と勝手に後輩の気分でいるのだが、阪大関係者で同じように思っている人が少なからぬ人数いるはずである。