欧文作品名読み者原作備考年掲載誌:

YAMABE Satoshi

弁護士

デザイン、イベント、映像等のクリエイティブ領域の依頼者の支援に特化した弁護士。アトリエ法律事務所所属。並行して、イマーシブシアター等の体験型コンテンツのプロデューサー業務を務める。年間数百冊の漫画を読む。

 

レビューの一覧

タッチ

双子の男の子たちと幼馴染の女の子による三角関係の恋愛漫画として始まったのにもかかわらず、双子の片割れが物語中盤で死亡して退場するという衝撃の展開で有名な名作です。最初に立ち上げた物語の骨格が途中で粉々に砕かれたことで、多くの読者が凍りついたことと思います。私は、この作品の影響で、夏の入道雲という風景描写に不穏な記号を感じるようになってしまいました。 また、他の多くのスポーツ漫画と異なり、本作品では甲子園出場を決めるまでの地方大会がスポーツ漫画としての舞台であり、甲子園出場決定後の活躍はエピローグ程度しか描かれていません。甲子園という舞台の象徴的な意義があまりに大きいからこそ、成立する構造ではないでしょうか。全国大会というより大きな舞台をほぼ描かずに完結した点に、スポーツ漫画である以上に恋愛漫画であるという本作品の特徴が現れています。 そのような構造の本作品が生み出した「甲子園に連れてって」という名台詞は、今後も“鉄板”の青春物語として様々な作品に引き継がれていくのではないでしょうか。

砂の城

生まれも容姿も才能も恵まれたナタリーが主人公であることは、物語の上でも疑いようがありません。それなのにナタリーがあまりに狂気的な判断や言動を繰り返すので、これほど共感しがたい主人公も珍しいのではないでしょうか。彼女がいなければ、彼女がもう少しこうだったら、他の登場人物はもっと早く心穏やかに幸せな結末を迎えられたのではないか、と思わずにいられません。 その極みとも言える場面が、最愛の人フランシスを亡くしたナタリーが、フランシスの遺した息子マルコを引き取った上でマルコに対してフランシスという父親と同じ名前を与える場面です。保護者となる者が庇護下にある子どものアイデンティティを奪うというタブーを堂々と犯すナタリーの狂気は、悪役のそれと言って差し支えありません。 なお、作者の一条ゆかり先生も、自身が嫌いな女性像としてナタリーを描いていたそうなので、読む際は遠慮なく主人公の振る舞いに憤ってください。

はだしのゲン

誰もが知っている、広島に投下された原子爆弾の被害を受けた少年の青春物語です。実は、原子爆弾の投下と終戦は物語初期の出来事であり、その後はゲンが戦後を生き抜いていくことを描いています。暴力や薬物依存など、戦争被害そのものではないものの戦後の復興期に社会に広がった問題を隠さずに描いたところに、広いテーマ性というこの作品の特徴が現れています。 もう一つの特徴として、主人公のゲンは、家族にそっくりな人物との出会いが繰り返し訪れます。ある日一瞬で奪われた家族への執着が、ゲンに対してそのような認識を起こさせたという面もあるのではないでしょうか。 私は、曽祖父の代が当時広島市に住んでおり、私自身が被曝者の子孫であることを認識してから、この物語をより鮮明に感じられるようになりました。近年、一部の小学校の図書館からの撤去が話題になりましたが、今も子どもたちに読み継がれています。世界的に戦争への抵抗感が下がってしまっているかのような2020年代において、改めて読み返されるべき漫画だと思います。

小さな恋のものがたり チッチとサリー

約60年間も続いた、まったく小さくない存在感の漫画です。初めて手に取る前は恋が小さいのかと思ったのですが、主人公のチッチが身長132cmというきわめて小柄の女性であることから、二重の意味で「小さな」というタイトルになっているのではと思っています。 一方、チッチの恋人であるサリーの身長は179cmであり、連載開始が1962年であることを踏まえるとかなりの高身長という設定です。私自身もサリーを超える長身なのですが、長身と短身のカップルというのが想像以上に人目につくこと、それも短身である側がより敏感にそのことに気がつくということを経験しており、二人の物語に自身を重ねながらそっと見守るように読んでいました。 基本は4コママンガのスタイルですが、枠線がなかったり吹き出しがなかったり、大きな挿絵が入ったり詩が書かれていたりと、マンガというより詩集を読んでいるような気分になります。雨の日に外を眺めながら読むのが似合うマンガだと思います。

火の鳥

著者の手塚治虫先生は、青年期に戦争を経験し、その後医学を勉強してから漫画家に転身しました。そのような背景もあって、人間の命に対する執着をより詳らかに描くことができるのでしょうか。この作品には、命への執着と欲望に振り回されながら儚い一生を終えていく人間が多く登場します。 その中で強く印象に残ったのは、火の鳥から永遠の命を与えられた山之辺マサトです。『火の鳥』の中では、多くの者が火の鳥の血を得ようと試みて失敗しますが、山之辺は実際にそれを得ることができました。しかし、何十億年にわたって人類が再生するのを見守る中で彼自身の肉体はなくなり神のような精神体となります。結局人のままで永遠の命を謳歌することは叶わないのだな、と教えられました。 どの編も文学的かつ哲学的であり、小学校の図書館で読んだ頃には多少難しすぎたきらいもあります。大人になってから読み直すとまた違う感銘を受けることができるので、再び手に取ってみることをオススメします。