池川 佳宏IKEGAWA Yoshihiro
熊本大学 准教授
熊本大学の教員をしながら、文学部附属国際マンガ学教育研究センターの実務を担当しています。展示やイベント企画を立てたり製品開発して実用新案を取得したりしつつ、不慣れな教員稼業もがんばっております。
レビューの一覧
「うしろの百太郎」が連載を開始した1973年、日本は空前のオカルトブームが席巻していた。五島勉『ノストラダムスの大予言』のベストセラー、超能力者ユリ・ゲラーの来日、矢口高雄「バチヘビ」によるツチノコブームなどなど。そしてつのだじろうは、「恐怖新聞」(『週刊少年チャンピオン』秋田書店)を先にヒットさせ、『週刊少年マガジン』(講談社)にて「空手バカ一代」(原作:梶原一騎)の作画を降板し、満を持して「うしろの百太郎」の連載を開始したのである。心霊現象を正面から取り上げ、『マガジン』らしく作者自身の実話も含めた虚々実実の「心霊恐怖レポート」として、主人公の一太郎が出会う恐ろしい心霊体験とその主護霊・百太郎のエピソードが綴られていく。初期単行本では「コックリさん」の安全な(?)降霊方法が掲載されていたが、自己暗示による弊害なども発生したため、注意喚起とともに後の単行本では方法が削除されているなど「ガチ」の雰囲気が漂う。ストーリーには単なる心霊描写の恐怖だけでなく、「心霊現象への周囲の無理解による孤立」などの社会的な怖さについての内容も含まれている。
1980年代に単行本描き下ろしで刊行された「新うしろの百太郎」シリーズでは、恐怖体験ではなく神秘体験からの自己啓発というエピソードとなり、作者のメッセージ性が強い内容となった。多くが騒ぐだけで放置された「オカルトブーム」に対する、作者による収束のひとつとして見届けておきたい。
園山俊二が描く世界は、大人向けと子ども向けの区別が希薄である。『週刊漫画サンデー』(実業之日本社)に連載された「ギャートルズ」(1965~1975年)はいわゆる「おとな漫画」であるが、並行して学研の学年誌『学習』『科学』に掲載された姉妹作品の「はじめ人間ゴン」(1966~1969年)は子ども向け作品であった。もちろん、性的な内容の有無などの違いはあるが、園山俊二にとってそれは些細なことである。そしてこのふたつの作品が融合し「はじめ人間ギャートルズ」として1974年からアニメ化されたのであった。大人が見えている世界も、子どもが見えている世界も元は同じであり、そのシンプルな古代世界を自分は描くだけ。園山俊二の作品にはそのような姿勢が見える。
他にも『週刊ポスト』(小学館)連載の「花の係長」(1969~1982年)と『週刊女性セブン』(小学館)の「気になるあの人」(1968~1980年)は、同じ夫婦の世界を男女それぞれ別の視点で描いた意欲的な作品である。「自分が思い描いた世界」は、別の見方でも矛盾なく成立する。これが当然としてわかっていても、実際にこうした手法がとれる作者はあまり多くない。園山俊二の業績は、思いのほか大きいのである。
赤塚不二夫「おそ松くん」と言えば、同じ顔ぶれの松野家の六つ子と「シェー!」のポーズでおなじみのイヤミ、わんぱくで生意気なチビ太といったインパクトのあるキャラクターが特徴のギャグマンガだ。「おそ松くん」は『週刊少年サンデー』における週刊サイクルのスラップスティックな笑いで、マンガにおける「笑い」のスピードを加速させた。そして現在で言うところの「ブレーンストーミング」によるアイデア会議から生み出される、速射砲のような大量のギャグと突飛なキャラクターは、それ以前のユーモアマンガを古いものにしてしまったのだった。さらに「おそ松くん」の月イチ連載時代には、チャップリンの「街の灯」の翻案など映画を元にしたストーリー重視の回も多数あり、作品内での作風にも幅があって楽しめる。平成初期には再アニメ化による原作リメイクもあり、古典作品としての再評価もなされた。
しかしそれでは終わらず、2015年には女性向けスピンオフのアニメ「おそ松さん」としてまさかの大ヒットを収めた。赤塚作品の、特にキャラクターの持つポテンシャルの高さの証明と言えるだろう。赤塚ギャグの原点にして、いまだに世間を驚かせる「おそ松くん」は、まだまだ注目コンテンツなのである。
「あさりちゃん」は小学館の学年誌『小学一年生』~『小学六年生』、『コロコロコミック』『ぴょんぴょん』(いずれも小学館)に掲載された家庭ギャグマンガ。活発な少女「あさり」と姉の「タタミ」による兄弟ゲンカを軸にしたドタバタギャグで、姉妹の共同ペンネームである作者室山まゆみの実体験(?)を元にしたようなリアリティがある。同じく姉妹が登場するさくらももこ「ちびまる子ちゃん」のようなノスタルジーはなく、時事的なトピックを多数織り交ぜつつの35年以上の長期にわたり連載され、単行本は100巻を達成した。この1978~2014年の連載期間は、同じく時事ネタが多い秋本治「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(1976~2016年)と近く、少女向けの「こち亀」ともいえる存在である。
『小学二年生』の連載を最後に全100巻でいったん終了したが、その後「あさりちゃん5年2組」「あさりちゃんリベンジ」「あさりちゃんinパリ」3冊が出版され(最新刊は2024年12月発売)、描き下ろしシリーズとして現在も継続中。底抜けに明るいあさりちゃんに今でもリアルタイムに出会える嬉しい作品である。
前谷惟光「ロボット三等兵」は、トッピ博士が作った愚直でドジな人型ロボットが、第二次世界大戦の日本軍に入隊し下っ端以下の「三等兵」となって珍騒動を巻き起こす、というユーモア作品。軽妙でとぼけた味のある会話と、チャップリンの映画「担へ銃(つつ)」(1918年)のような戦場ドタバタ喜劇を描き、戦後の少年マンガとして大人気を博した。1950年代に寿書房の貸本マンガとして11巻が出たのち『少年クラブ』(講談社)でも連載が開始され、1958年から1962年の同誌休刊までほぼ毎月別冊付録が描き下ろされるほどの人気であった。「いやなこというね」などの落語的な会話劇やペーソスあふれるコメディの作風は秋本治「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に大きく影響を与えている。
また貸本では同じロボットキャラクターによる戦場以外を舞台にした「ロボット捕物帖」「ロボット名探偵」などのスピンオフ作品も多数発表されている。「ロボ子さん」というスピンオフ作品もあり、こちらは現在『週刊少年ジャンプ』連載の宮崎周平「僕とロボコ」を彷彿とさせる風貌で、「ロボットギャグ」の遺伝子は現在にも受け継がれていると言えるだろう。スピーディで破壊的な「ギャグマンガ」が登場する前の「古典的なユーモア」が楽しめる作品でありつつ、壮絶な従軍経験を持つ前谷惟光の、どこか冷めた達観的なニュアンスも感じられる独特の作品となっている。