欧文作品名読み者原作備考年掲載誌:

MUKAIYAMA Kazushi

大学教授・マンガAI制作者

1968年兵庫県生まれ。 博士(美術)。京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程メディアアート領域修了。1998年カリフォルニア大学サンディエゴ校芸術電算研究所客員芸術家。2003年公立はこだて未来大学講師(のち准教授をへて2025年3月まで教授)。2016年パリ東大学客員講師。2000年プリ・アルス・エレクトロニカ.net部門入賞(リンツ)、2011年FILE2011作品選出(サンパウロ)、2022年池袋アートギャザリング公募展漫喜利部門奨励賞(東京)。創造行為の情報処理に興味を持ち、AIに絵を描かせることを通して、ヒトの認知的特性を調査し発表している。

レビューの一覧

タッチ

『タッチ』は、青春、恋愛、スポーツという普遍的なテーマを見事に織り交ぜた名作ですが、その中でも特に印象的なのは、主人公・上杉達也のとぼけた性格と、意外性のある展開の数々です。達也の飄々とした態度や軽妙なセリフ回しは、時に緊張感を和らげ、読者に笑いをもたらします。特に幼なじみの南や弟の和也とのやり取りでは、彼のとぼけた一面が際立ち、ほのぼのとした空気を作り出しています。このユーモアがあるからこそ、物語のシリアスな場面が一層引き立つのです。 その一方で、和也の突然の死は物語全体に大きな衝撃を与えます。和也は達也の弟であり、南や周囲からも信頼される模範的な存在でした。その彼が突然の事故で命を落とすという展開は、読者に深い喪失感を突きつけます。この出来事を機に、達也が弟の夢を背負い、甲子園を目指す決意を固める流れは、私の心を揺さぶりました。 さらに驚かされたのは、達也率いる明青学園がついに甲子園に出場し、物語がクライマックスに向かう中、甲子園での試合自体がほとんど描かれなかった点です。野球マンガでありながら、この構成は、当時のスポーツマンガの常識を覆すものでした。この大胆な選択は、物語の焦点が単なる勝敗や試合内容ではなく、達也が歩んできた道や彼を支える人々との絆にあることを強調しています。 『タッチ』は、笑いと涙、そして意外性を兼ね備えた作品です。達也のとぼけた魅力、和也の死による喪失感、そして甲子園という大舞台の扱い方など、全てが独特のバランスで物語を構成しています。これらの要素が一体となり、『タッチ』は青春マンガの枠を超えた、不朽の名作となっていると思います。

銀河鉄道999

『銀河鉄道999』の中で描かれる「男の生きざま」は、読む者の心を打たずにはいられません。本作の魅力は、鉄郎や他の登場人物たちが示す人生観や価値観にあります。彼らは生きる意味や人間の本質を問い続け、理想や現実の狭間で葛藤しながら、それぞれの答えを見つけていきます。特に、鉄郎の成長する姿やメーテルとの絆を通じて、何が大切なのかを追求する様子には、「男の生きざま」としての感動が凝縮されています。どんな困難にも立ち向かう姿や、大切なものを守るために犠牲を払う決断は、普遍的なテーマであり、私の心に響きました。 さらに印象的なのは、鉄郎がはじめてラーメンを食べる場面です。ラーメンを「人類の口の永遠の友」として表現したこの2ページは、松本零士のラーメンへの強烈な愛を感じさせます。宇宙を舞台にした物語の中で、ラーメンのような日常的な食べ物が人間の温かさや普遍性を象徴するものとして描かれるのは、作品全体のテーマである「人間らしさ」の追求を見事に反映しています。このラーメンの2ページは、単なる食べ物ではなく、人々をつなぎ、文化や歴史を共有する媒体としての食事の意義を深く考えさせられる名場面です。 『銀河鉄道999』の中で示される「男の生きざま」や、深い愛情を表したラーメンの表現は、物語に深みと親近感を与えています。これらの要素が一体となり、銀河鉄道999はただの冒険譚を超えた、人生そのものを描く作品として、今なお私に感動を与え続けているのです。

ベルサイユのばら

普段、少女マンガはあまり読まないが、『ベルサイユのばら』だけは別でした。このマンガは少女マンガの枠を超えた傑作で、少女マンガをあまり読まない私にも強く訴えかける力を持つ作品なのです。豪華絢爛な宮廷を舞台にしたドラマチックな人間関係、オスカルとアンドレを中心とした複雑な恋愛模様、そして時代を象徴するフランス革命という歴史の大波が絡み合い、圧倒的なスケールで物語が展開されます。 特に注目したいのは、むしろ主人公のオスカルとアンドレが物語から退場した後の展開です。オスカルの死は物語のクライマックスとして感動を与えますが、その後のフランス革命を描く部分が大変興味深い。ここからは個々のキャラクターのドラマ以上に、歴史そのものが主役となります。また、今日再評価されているマリー・アントワネットついて、池田理代子は、彼女を当時から無垢な悲劇の女性として扱っていたこともこのマンガの特筆すべき点でしょう。 『ベルサイユのばら』は、華やかな少女マンガの側面と硬派な歴史ドラマを併せ持つ稀有な作品です。オスカルやアンドレに心を奪われつつも、その後のフランス革命の波乱に魅了されるという感覚を味わえる点で、多くの読者にとって特別な体験を提供していると言えます。

ゴルゴ13

個人的に特に好きなのが、ゴルゴが依頼を受けるシーンです。毎回、クライアントは緊張感を漂わせながら彼と接触し、依頼内容を伝えます。単なる契約の場面なのに、異様なまでの重圧が漂い、そこにゴルゴが一言二言発するだけで、場の空気が一変するのです。この「沈黙の説得力」は、ゴルゴ13というキャラクターを際立たせる要素の一つでしょう。ゴルゴがどんなに危険な状況でも冷静に依頼を受け、条件を淡々と確認する姿は、彼のプロフェッショナリズムを象徴しています。この場面は単なる物語の導入以上に、ゴルゴのキャラクタを形作る重要なピースとなっています。 さらに、この「待ち合わせ場所」も見逃せないユニークなポイントです。中でも船の上でのやり取りは、非日常感が際立ちます。特に海中から突然ゴルゴが現れるシーンは、真剣な場面でありながらもどこかシュールで、思わず笑ってしまうことがあります。この海中から突然ゴルゴが現れるパターンは実は何度かあり、むしろお約束のような面白さを感じさせるのも魅力の一つです。 このような「ありえないようでいて、ありえそうな」演出が『ゴルゴ13』の世界観を支え、作品に深みを与えています。依頼を受けるたびに新たなドラマが始まるという期待感、そしてその期待を裏切らない演出が、このマンガの魅力を何十年も支えている理由でしょう。

鉄腕アトム

『鉄腕アトム』は、私にとってマンガ以上の存在です。この作品で漢字を覚えたのは、今でも強く印象に残っています。特にウランちゃんの「あたし忙しいの」というセリフは、子供の頃、父にどう読むのかを聞きながら漢字を覚えた瞬間の一つです。その後、漫画全集版ではこのセリフがひらがなになってしまっていて、少し寂しさも感じました。 『鉄腕アトム』は、一見するとロボットの描写はリアルではなく荒唐無稽に思える部分がありますが、実はとても深いテーマが隠されています。例えば、アトムが悩む場面や、ロボットたちが差別や偏見に苦しむ描写には、子供心にも考えさせられるものがありました。また、物語の中で「正しいことは何か」「平等とは何か」といった問いかけが繰り返され、手塚治虫のメッセージがしっかりと伝わってきます。手塚治虫は、単なる娯楽作品ではなく、人間の倫理観や社会の在り方を問う作品を描き続けたと思います。『鉄腕アトム』もその例外ではなく、子ども向けに見えて実は奥深い哲学が込められています。そのため、大人になってから読み返しても、新たな発見があります。 『鉄腕アトム』は私にとって、学びと感動を同時に与えてくれた特別な作品です。漢字を覚えるきっかけとなり、複雑なテーマを考える入り口ともなったこのマンガは、いつまでも私の心に残り続けるでしょう。