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SUZUKI Fumie

マンガナイトスタッフ/ライター・編集

千葉県出身。玩具メーカー勤務を経て2014年より編集・執筆業。コミック・児童書・女性向け小説・占いムック等に携わる。2017年頃よりスタッフとしてマンガナイトでの各種企画に参画。

レビューの一覧

サイボーグ009

石ノ森章太郎のライフワークにして、最も広く知られる代表作のひとつ。そのメジャー感は「9人のサイボーグ戦士が悪と戦うSFヒーローアクション」という、王道少年マンガ的要素に支えられる面が大きいが、一方でそのイメージに留まらない魅力を持つ作品だ。 少年院から脱走した主人公・ジョー=009を筆頭に、世界各国から集められ、改造手術を施されたゼロゼロナンバーサイボーグたちは、「行方不明になっても問題とされない」という条件のもと選ばれた、そもそもが「弱者」でもあった。人ならざる戦闘兵器としての側面を持ちながら、だからこそ時に生身の人間以上に繊細で傷つきやすく、その痛みは彼ら同士にしか分かち合えない。このキャラクターたちの持つ個性と関係性が、本作を長く愛される作品として駆動する。 「週刊少年キング」(少年画報社)での連載開始以降、「週刊少年マガジン」(講談社)、「冒険王」(秋田書店)、「COM」(虫プロ商事)、「少女コミック」(小学館)、「月刊マンガ少年」(朝日ソノラマ)、「週刊少年サンデー」(小学館)…と多様な媒体で断続的に執筆された本作は、各編の題材も、現実のベトナム戦争、謎の地下帝国、AIが制御する未来都市、北欧神話、キャラクター個人の日常など、きわめてバラエティに富んでいる。読者の時間感覚を操るかのようなアクション描写や詩的なイメージ演出といった、表現上の革新・実験が数多く見られる点も含め、「マンガ」が拡張していく過程を映す見本市のような作品でもある。 TV、映画、配信とさまざまな形でのアニメ化をはじめ、縦スクロールコミックや2.5次元舞台など、メディアミックスやリブートも幅広く展開される。作品誕生から60年を経た2025年にも、新たなアニメシリーズの制作が決定。時代に合わせたアレンジを施されながら、作品は鮮やかに継承され続ける。

エロイカより愛をこめて

少女マンガの多彩な魅力が花開いた時代、『エロイカより愛をこめて』もその一翼を担った作品である。主人公は二人の成人男性。美術品コレクターの英国貴族にして、その裏の顔は美術品専門の大泥棒、「エロイカ」ことドリアン・レッド・グローリア伯爵と、NATOのドイツ・ボン支部で情報部を率いる硬派な辣腕エージェント、「鉄のクラウス」ことクラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐。彼らを中心に、強烈な個性を持つキャラクターたちが、世界中を縦横無尽に飛び回る。 物語の大枠は、そのタイトルからも察せられるように、「007」シリーズを下敷きのひとつとするスパイ活劇である。各国情報機関のスパイたちが繰り広げる攻防戦に、華麗でミーハーな泥棒貴族が絡んで大騒動を巻き起こす。それが卓越した画力によって、美しく、時にハードに、時にユーモラスに描かれることで、「スパイアクション・コメディ・少女マンガ」という、他に類を見ない独自の作品世界が築かれていく。 シンプルな東西対立構造を背景にした数々のエピソードは、手に汗握る駆け引きが描かれている一方で、混沌を極める今の国際情勢から見ると、どこか牧歌的に映る部分もあるだろう。また、現在の読者には、少佐の言動がやや過激に感じられることもあるかもしれない。しかし、精緻で華やかな画面、一度読者を引き込んだら離さないストーリー展開、さりげなく散りばめられたキリスト教文化や西欧美術についての教養、そして少佐と伯爵の、宿敵であり、友人であり、戦友であり、恋愛的要素すらも含む奇妙な関係性といった本作の魅力は、時代が変わっても色褪せることがない。マンガというメディアが持つ芸術性と娯楽性の両面が、極限まで引き出された一作だ。