鷲谷 祐也WASHITANI Yuya
株式会社FUNDOM!イベント企画開発グループGM
漫画作品の海外発信、広告利用等、各種マネジメント業務を経て当職に。企画立上げから商品・周辺企画に至るまでイベント企画全般を担当。
主な実績に大ベルセルク展、 地上最強刃牙展ッ!、 桂正和展、暁のヨナ展、成田美名子原画展、 清水玲子原画展、平野耕太★大博覽會など。
漫画家集団「ぽけまん」や、 旧尾崎テオドラ邸ギャラリーのお手伝いもさせていただいております。
レビューの一覧
1970年代の少年漫画に「料理」を掲げた革新的作品。リアルな調理描写、食にまつわる豊富な知識と蘊蓄は、当時の読者を強く引きつけた。
物語の主軸は主人公・塩見味平の成長と挑戦である。日本料理の名人である父に反発し大衆料理の道を選ぶが、様々な困難やライバルとの対決に直面する。
そこで繰り広げられるのが「料理勝負」だ。特訓・勝負・実況解説などスポ根漫画の要素を取り入れた、料理をエンターテインメントとして描く手法や、ドラマチックな料理対決のスタイルなど、現在まで続く料理漫画のフォーマットは、本作を通じて確立されたものといえる。
「カレー戦争」や「ラーメン祭り」などのエピソードでは、単なる味勝負だけでなく、経営戦略や集客といった要素も絡み、物語にさらなる深みを与えている。
更に、有名な「ブラックカレー」をはじめとした登場する料理の魅力。
連載中には掲載誌で「味平の料理教室」と名付けられた「料理の作り方漫画」が数回掲載されている。登場人物たちが身近な料理に真摯に向き合い、新しいアイデアを追求する姿は、読者に「自分でも作ってみたい」と思わせる力を持っていたのだろう。
『包丁人味平』は、熱いストーリーと迫力ある作画で多くの読者を魅了し、料理漫画というジャンルの草分けとして、その地位を確立した。この作品が切り開いた新たなジャンルは、後続作品に多大な影響を与え、今もなおその進化は続いている。
ある日突然、学校が未来の荒廃した世界に飛ばされ、命を懸けて生き抜かなければならない子供たちを描いた物語。
主人公・高松翔は、極限の状況下で仲間たちと手を組み、暴力や裏切りに直面しながら、ただ生きる術を探し続ける。物語は、安易に正義や希望を語ることなく、読者に対して生きる重さと人間の弱さを直視させる。
作者は『十五少年漂流記』を発想の源としつつ、連載当時の社会問題であった「公害」や「家族」のテーマを織り交ぜたという。
工業化の光と影が色濃くなりつつあった時代に、未来の荒廃した地球を描き出し、単なるサバイバル冒険譚にとどまらず、深い社会的問題意識を持った作品となった。
また、緻密な画風が、荒廃した未来の風景や恐怖に引き裂かれる子供たちを生々しく伝え、時折、殺伐とした世界の中にも奇妙なユーモアを感じさせる。このコントラストの妙も魅力といえよう。
本作は、ただの恐怖漫画やSF冒険譚に終始しない、人間の生への祈りと命を繋ぐ絆の力を描いた物語である。翔が母親との通信を通じて再び立ち上がる場面は、読者の心に強く響く。母の声に励まされ、翔は諦めず、再び歩み始める。その姿に、母を持つ全ての読者は気持ちを動かさずにはいられない。
筆者は小学生の頃この物語を読み、強烈な恐怖感とともに、主人公とこの世界観に憧れたものだ。自分ならこの世界にどう立ち向かえるのだろうか、と。作者はその後『14歳』という作品で「本作での地球の未来が、なぜ砂漠と化したのか」を描いている。併せて読まれたい。
『小さな恋のものがたり』は日本の恋愛漫画史における特別な作品だ。祖母から母へ娘へと読みつがれる漫画はかなり稀有ではないだろうか。筆者は今年後期高齢者となる母の書棚で本作と出会った。
パッとしない女の子・チッチが、モテモテのサリーに一途に想いを寄せ続け、健気に追いかける姿は、瑞々しい恋心と切なさを呼び覚ます。好きな人の行動や言動に一喜一憂し、何気ない瞬間に幸せを見出すチッチに、片想いをした事がある全ての読者は共感するだろう。
一方で、サリーもまたチッチに特別な感情を抱いていることが描かれ、二人の関係は単なる片想いにはとどまらない。純粋な恋心と微妙な距離感に読者は引き込まれる。
また、親友のトンコやその恋人の山下君をはじめとした「身近にいそう」と思わせる登場人物たちが、読者に親近感を抱かせる。
「叙情まんが」と銘打たれた本作では、詩とマンガを組み合わせた独自の表現が使われる。俳句好きの作者が季節感を取り入れる目的で考案したという。随所に登場する詩とイラストのページは、手書きの味わい深い文字とともに読者の心に響く。
物語は1962年より掲載誌を変えつつ2008年まで連載、2014年に一旦の完結を迎えた。サリーが海外留学を決意したことをチッチに伝え、二人の関係に大きな展開が訪れる。「帰りを待たないでほしい」と告げる彼の言葉には、彼女への愛情と葛藤が込められている。夢を追うサリーの決断を受け入れ、涙ながらに彼を送り出し、自らの成長を誓うチッチの姿は「50年以上の恋」を追ってきた読者に深い衝撃と余韻を残した。
作者は半世紀にわたる連載を締めくくったのだが、2018年以降、その後を描いた作品を不定期に発表している。長年の片想いを経て、別れを経験したチッチが、彼の不在の中でどのように日々を過ごし、成長していくのか。二人の関係がどうなるのか。今後も楽しみな作品だ。
言わずと知れた藤子不二雄Ⓐの自伝的作品。
昭和30年代、トキワ荘・通称マンガアパートに集った、現在では巨匠と呼ばれる漫画家たちの若き日の、夢追いの物語が描かれる。
本作は彼らの青春譚であると同時に、日本漫画文化の歴史を記録した作品でもある。黎明期における漫画家たちの奮闘がリアルに描かれ、当時の風俗や時代背景も克明に記録されている。
主人公・満賀道雄≒藤子不二雄Ⓐの青春時代は、まさに日本漫画界の、戦後日本の青春期でもあった。
バウハウスやグループ・ゼロのように、創作者達が結集したコミュニティは歴史上に幾つかあった。これらの集団は、個々の才能が結集離散しつつ、互いに刺激し合うことで、新しい表現や文化を切り開いてきた。
トキワ荘はまさにこの特殊な集団の一つである。漫画界における「梁山泊」を舞台に語られるエピソードは、夢を追いかける若者たちにとっての理想の風景だろう。
創作にかける情熱と仲間たちとの日々を描いた本作は、現代においても創作者たちに、何かに挑戦しようとする人々に、勇気と希望を与えてくれるはずだ。
作品のもう一人(?)の主役ともいえる、今は無き木造モルタル二階建てのアパートは、跡地近くにミュージアムとして復元され、新たな聖地となっている。「あの時代」の風情を残しながら、次世代の若者たちにそのエネルギーを引き継いでいくのだろう。
『エリア88』は、中東の戦場を舞台にした新谷かおるの代表作だ。
物語は主人公・風間真が、親友の策略によりアスラン王国の傭兵部隊「エリア88」に送り込まれるところから始まる。
彼は生き延びるために戦い、空を飛び続ける。選択肢のない過酷な戦場での日々が、彼を次第に変えていく。
戦場という非情な世界に生きる仲間たちは、皆どこか人間臭い。
冷徹な司令官サキ、陽気なアメリカ人エースパイロットのミッキー、豪放なグレッグなど、登場人物たちの背景が丁寧に描かれ、それぞれの生き様が物語に深みを与える。
死と隣り合わせの環境に置かれた彼らの行動や選択は、戦争の非情さだけでなく、人間の「どうしようもなさ」を突きつけてくる。
特筆すべきは空中戦の描写だ。戦闘機が飛びかい、敵味方の機銃が火を噴き、爆発音が響く。空を舞台にした戦いという非現実が、現実的な重みをもって迫ってくる。同時にその空は広く自由で、救いのようなものも感じさせる。
この作品の核心は戦争そのものではなく、人間が極限状態でどんな選択をするのか、どう生きるのか、そしてどう死ぬのかということだ。
生きるために殺し、仲間の死を見つめ、それでも自分は生き続ける。それを淡々と描いているからこそ、読者は妙なリアリティを感じる。
戦場での命のやり取りを通して浮かび上がるのは「生きるとは何か」という単純で究極な問いかけだ。死を避けることはできない、ならばどう生きて死ぬべきか。それを問う作品なのではないだろうか。